不登校で悩む子によくみられる性格
専門家よりフリースクールの現場の声
我が子が不登校になったことで、私は相談機関に行ったり、本を読んだり講演会に行ったりと、不登校についていろいろ調べるようになりました。
正直、専門家の話は抽象的であまりぐっとくることはなかったのですが、フリースクールの先生方の話は、現実に即していて比較的納得できるものが多かったように思います。
そんな中、とあるフリースクールで聞いた「不登校になる子の特徴」には、大いに納得させられました。
フリースクールの先生が教えてくれた特徴
「不登校で悩むのは、次のような子が多いんですよ」と教えてもらったのは、次のような性格でした。
・まじめ
・繊細
・感受性が強い
・完璧主義
・マイペース
・思慮深い
・やさしい
うちの長男と次男にもよく当てはまるし、その後いろいろな方のご相談を受けても、こういう性格の子がほとんど(体感ではほぼ100%)という印象です。
「不登校になりやすい」という言い方はあまりよくないのですが、性格傾向というのはあるように感じます。
まじめで繊細そしてやさしい……など
それぞれの性格について、不登校との関係をからめて説明します。
まじめ
先生や親に言われたことは忠実に守り、ルールもきっちり守ります。時間に遅れることや適当なことが許せないところがあります。
まじめさゆえに、先生や親の期待に応えられないことに苦しみます。また、行かなければならない(本人がそう思い込んでいる)はずの学校へ「どうしても行けない」という自分自身が許せないのです。
繊細
普通の人なら気づかないようなささいなことに気づきやすく、敏感に反応します。あまりにこまごまとしたことが気にかかり、毎日の疲労感が半端ありません。
他の人が責められているのを見るだけでもつらい気持ちになり、学校にいることが苦しくなってしまいます。
感受性が強い
感受性の強い人は、周囲の物事や出来事に対して感情的に反応します。周りの環境や人々との関わりに敏感で、自分の置かれた環境の変化に対して過敏に反応しストレスを感じやすいのです。
ただ、感受性の強さは良い面ももたらします。不登校の子どもに、絵やイラスト、音楽などのアートを好む子が多いのは、感受性の豊かさからきている長所と考えられます。
完璧主義
何事も完璧ではないといけない、という考え方をする子が多い傾向にあります。自分自身で高い基準を設定し、その基準に達しないと満足できないことで苦しんでしまいます。
「遅刻するくらいなら行かない」「1日休んだらもう勉強にはついていけない」「学校に行けない自分には価値がない」など、0か100かで考えてしまいがちです。
マイペース
マイペースな性格は本来よいものなのですが、学校生活では苦しさを招くこともあります。
学校では基本的に集団行動が求められます。自分のペースを守りたくてもなかなかそういうわけにはいきません。
興味を持って取り組んでいることを無理やり中断させられたり、関心のないものに参加しなければならなかったりするような場面で、うまく対応できないケースがあります。
思慮深い
物事を深く考える子は、一般的にはスルーできるようなことを考えすぎてしまいがちです。考え方によっては単純なことを複雑にとらえてしまったり、他人のちょっとした行動の裏側を読みすぎたりすることで神経をすり減らしてしまいます。
やさしい
やさしい子は、他の人たちとの関係性や人間関係に敏感です。周りの人たちを大切に考えるのはよいのですが、そのせいでがまんをすることが多く、ストレスや不満を内に抱えやすい面があります。
よく見ると「性格のいい子」
一般的に見たら「よい子」ばかり
こうして見ていくと、本当に性格のいい子たちが、不登校になっていることがよくわかります。子どもたちは、学校生活の中の些細な違和感を鋭く感じ取るとともに、生来の生真面目さからルールには従わなければならないというジレンマの中でがまんを重ね、力尽きてしまうのではないか……と感じられます。
長所は短所にもなることも
まじめさは長所ですが融通がきかないという短所にもなります。繊細で感受性の強い子は人の気持ちに気づきやすくやさしくフォローできる力がある一方で、自分自身はとても傷つきやすく弱い面があります。ある一つの特徴は、長所にもなり短所にもなるものです。
反対に短所は長所 子どものよいところを育てたい
つまり、反対に考えれば、短所と感じるところはイコール長所にもなるわけです。「学校に行くのが正しい」という視点で見ると子どもの短所が気になりますが、そのフィルターをかけないで子ども本人を見ていれば、短所は長所になるでしょう。
日本人の子育ては、「子どもの悪いところに注目して注意する」というパターンがよく見られるように思います。
でも、悪いところって、案外子ども自身でわかっているものです。
親の役目としては、ぜひ、子どものよさを見つけてそこを育てていってほしいと思うのです。
実際私自身も子どもの短所に目が行くタイプだったと思います。
もしかすると、今もそういう面は引きずっているのかもしれませんが、わが子が不登校になってから、子育てへの考え方はずいぶん変わりました。
性格のよい子が過ごしやすい環境があるといい
「いづらい場所」に行かなければならない不条理
何はともあれ、「学校へ行けない」という事実は、本人にとって「学校はいづらい場所」だ、ということなのでしょう。
いるとつらくなる場所、行くのがつらい場所、行こうとすると心身に不調が出る場所……そんなところに行かなければならないのは、不条理以外の何物でもないように感じます。
繊細でやさしい子が過ごしやすい環境が必要
まじめで感受性が強くてやさしい子どもたちには、そんな彼らの特性に合った環境が必要なのではないかと思います。
いろいろなタイプの学校が選べるような教育制度に変わっていくことを願っています。